観戦記の質について

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 観戦記の質の低下も、将棋衰退の一端を握っているんじゃないかなと睨んでいるんですよ、あたしゃ。特に新聞に連載(?)されている観戦記っておもしろくないですよねえ。指し手の説明とその場の出来事をサラサラっと書いてお終いってんじゃ読み足りないしつまらんのであります。これって単に観戦記者の取材力と文章力がないだけなんでしょうか。実力がある記者は別部門に配属されてしまっていていて、どーしよーもない記者が担当しているからなのでしょーか。それとも元棋士、元観戦記者というだけで文章力を省みず観戦記を書かせているからなんですかねえ。

 総じて感じるのは、どの観戦記にもあたりさわりのない話題ぐらいしか載っていないということ。ホントに取材したのか、片手間で書いてんちゃうん、って感じが行間から染み出しているんだよな。面白いこと探し出してきて提供しようとする姿勢がないのとちゃいますか。

 指し手を解説するぐらい、専門棋士を捕まえてくれば初段程度でも書けるわけでしょ。そう難しいことじゃない。難しいのは、どうしてそういう作戦にしたか、そういう手を指したか、という心理を描き出すところである。それを書くには情報通でなければならんし、柔軟な発想がないと無理だろう。でもそこがおもろいんじゃん。実は株に負けていてカーッとしていたので、早指しになっているとか、父が危篤だけど冷静に将棋を指していた、とか棋士の背景を踏まえて書けばもっと面白くなるはず。

 よく見るのが、「今期は調子が悪いようだが、来期に期待しよう」等、対局者をかばうコメントが多いこと。あほか。負けるのは実力がないからじゃないのか。何を甘やかしているんだ。特に女流若手に甘い。本業である将棋に打ち込んでいないんだから勝てるわけないじゃんよ。将棋をナメているんだと思うね、女流は。奨励会の年齢制限におびえている三段の心構えと比べてみなよ、ぐらい書けないんですかね。キツイこともいってあげなきゃダメでしょう。さしさわりのない事ばっかり書いてて将棋界がよくなると思いますか? 観戦記を担当しているのなら将棋界のことを考えて書かなきゃ嘘だ。観戦記者には将棋界を支える義務がある。

 観戦記ライターは、元棋士や元○○新聞社の観戦記者ばかり。細かいエピソードを拾おうと思うと、敵を作らないのがベターなんだろう。末永く付き合っていくつもりだから相手の嫌がることにはお口チャック、といったところか。情けない。

 そんな観戦記者ばかりだから観戦記も再読に値しない。が、昔は観戦記をまとめて書籍として出版していたわけで。観戦記が売れる=商品価値があるということ。作品としての水準を保っていたわけだ。今はその面影もなく、河口老の回顧録が唯一まとめて売られているけれど、それも結局過去のものだしね。現代の観戦記は商品価値としては0、悪い印象しかないので−(マイナス)価値を生んでいるんじゃないか。新聞社もダメな記者は打ち捨ててもっと「文章」の書ける記者を育てておくれよ。

 無論私だって掲載紙すべてに目を通しているわけではありませんから暴言なのかもしれませんがね、面白い観戦記があるんだったら少しは評判を耳にするはずですよねえ。ちっとも聞こえてこないんですから、当たらずも遠からずといったところじゃないですか。それとも、みんな観戦記なんてあんなもんだよ、と思っているのかもしれませんねえ。


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初版公開:2002年2月23日 最終更新日:2002年3月2日
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