「現代将棋の急所」


 年の瀬も迫る今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか? この時期、市民図書館は通常五冊の貸し出しが十冊になったりして読書好きにはたまらないですね。久方ぶりに返却期限を大幅に過ぎた本を抱えて図書館に行きまして、つらつら囲碁将棋コーナーを見ていたのですが、その中に「現代将棋の急所」なる一冊があったので早速借りて帰ることにしました。と、いうわけで今回は、山田道美著「現代将棋の急所」の紹介です。

 紹介するには理由があって、それはこの本のあまりの完成度に吃驚したからなんです。本書に匹敵する本はそう多くないと思いますよ。なんていうか、将棋を伝えようとする志の高さが半端じゃないのです。棋書は初心者向けの易しいもの、あるいはマニアックで難解なものというように、どちらかに絞って書かれるものです。ところが本書は駒の動きを知る程度の初心者から始まり、大会常連の高段者までを対象とした、彼の将棋哲学書とでもいうべき代物です。これ一冊読めば将棋は事足りる、そんな著者の意気込みがね、心地よいのです。

 章は三つに分かれています。第一章は「詰みと必至」。簡単な詰みの形から、将棋の勝つ基本的な知識が書かれています。第二章は「将棋の見方考え方」。これが良くできています。中級者なら必ず読むことをお勧めします。第三章は「現代戦法の研究」。各戦法の解説もさることながら白眉は「現代将棋の傾向」及び「現代将棋の盲点」でありましょう。読んでいてハッとさせられます。執筆されたのは昭和44年ですけれども、指摘されている内容は現代にもピッタリ当てはまっているからです。

 ……これは現代医学がその技術の進歩とともに、細かく分類され、専門化されて、その分野で高度に研究されたのと同じ意味がある。しかし、反面、現代医学が細かく専門化されたあまりに、人間の身体を全体として見る目を失い、それが盲点になったのと同じように、現代将棋にも盲点ができたのである。

(第三章(1)現代将棋の傾向 p178 より)

 あれ? どこかで聞いたことのありますね。将棋世界2000年1月号の「新・対局日記」でこのように書かれています。

 ……「最近のプロ将棋は流行形の研究に偏り過ぎ、それ以外の対応力が落ちている。自分の土俵に引きずり込めばアマでも戦える」と。……

(新・対局日記 p71 より)

 符合していますね。先見の明、学問の成果とはこういうふうに実を結ぶのですね。以前自分で研究していた局面をすっかり忘れてしまい、勝利を落とした彼は「棋界随一の研究家といわれるのを恥じた」と語っていましたけれど、なんのなんの、立派に成果はでていると思います。

 共同研究者として出てくる富沢幹雄七段が、山田の疑問のためにわざわざ国会図書館まで行って昔の棋譜を調べるエピソード(古い棋書って国会図書館で閲覧できるんだ。ぜんぜん気づかなかった)は時代背景がにじみ出ていて味わい深い。普通の棋書にそんな記述はないものね。ほら、すごい本でしょ。

 そんな彼も36歳の若さで血小板減少性紫斑病で夭逝してしまいました。生きていれば現代の将棋をどのように語ってくれたでしょうか。


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初版公開:2000年12月29日 最終更新:2002年11月14日
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