某喫茶店。
「今年のA級はなんだ、見事に星が割れてしまっているね。三連勝者が三人もいるし、連敗者もいるな」
「順位の両極に星が集まっていますね。前期順位戦で活躍した人がそのまま活躍が続いている感じですか」
「そうねえ」
「名人位を奪われた森内九段は吹っ切れたのか怒涛の三連勝。竜王戦でも準決勝三番勝負に名乗りをあげる好調ぶりですね」
「安定感はぴか一だから、リターンマッチもあるかもしれないな」
「我らが谷川王位も三連勝ですね」
「対藤井戦で後手番ながら勝利したのが大きいね。どうみても藤井九段の作戦勝ちで、あとはどう仕上げるか、みたいな将棋だったと思うのだけれど」
「離されないように粘り強く指した王位の執念が実った、ともいえるかもしれないね。それにしても対振り飛車には苦労しているね」
「対振り飛車は現代将棋の課題の一つでもあるから苦労して当然だと思うよ。しかも今期のA級には生きのいい振り飛車党が二人入ったからねえ。」
「新A級の二人、健闘しているよね」
「いやあ、順当なんじゃないかなと俺は思うけれど。周りの評価は知らないけれど、二人の勝負にかける執念は相当なものだと思うよ。その結果が久保八段の三連勝だろうし、鈴木八段だって丸山棋王を倒して二勝一敗って成績を今のところ残しているのではないかと」
「久保八段は、次ぎの一戦がポイントになるでしょうね。森内九段との全勝対決ですから」
「うーん、まあ、そうかもな」
「でも彼ら二人の将棋は魅せる、という点で、激辛流や鉄板流に比べて華がありますよね」
「そうだね、久保八段の将棋はとにかく華麗だからねえ。もっともそれだけでは高勝率は望めないけれどね。一方で粘っこい指し回しも出来るところが素晴らしいのだと思うよ。鈴木八段の将棋はなんというか泥臭い感じ、っていうか見た目がアマチュアのような陣形から豪快にいくところに共感を覚えるよ。少なくとも藤井システムよりは手を出しやすいし、真似をしやすい将棋を指してくれるところが魅力だと思うな」
「こんな将棋が新聞の観戦記の載るというのなら、新聞購読を考えてもいいけれど、やはり観戦記自体の質が…ねえ」
「僕がこの間読んだ観戦記で面白いなあ、と思ったのは芹澤博文九段が書いた第40期棋聖戦第一局の観戦記だね。とっくに絶版になっている『王より飛車が好き』って本の巻末に収録されていてね、30回というかつてない長さの観戦記なんだよ。元々はサンケイ新聞に連載されていたのかな。でさ、控え室の描写、記者、棋士の言動や態度、特に継ぎ盤で手の評価を入れる若き米長の溌剌とした姿の眩しい事といったら! 前日に遊んだ芸者衆が控え室に顔を出しに来るとか、挿入される出来事がいいんだ。こういうエピソードの積み重ねや選択、見せ方が記者としての力量の一つだと思うんだけどさ、ずば抜けた完成度よ。この観戦記が連載されたとき、将棋ファンは毎日続きが読みたくて待ち焦がれたに違いないし、実際新聞社に応援のメッセージがたくさん届いたそうだ。この観戦記、もっと簡単に読めるようにならないかなあ。そしてこのクラスの観戦記が増えればファンだって増えこそすれ減ることなんてないと思う。例えば週刊将棋No1008に掲載されたよみくま氏の観戦記(※)と比べると、っていうか比することさえおこがましいっていうね」
「はははは」
「でと。負けが込んでいるのは、青野、三浦、島か。まあ順当、なのかな」
「それぞれ個性があって好きな棋士ではあるんだけれど、いかんせん他のメンバーと比較すると力不足は否めないなあ」
「青野先生には是非台風の目となって昇級候補にがんがん土をつけて欲しいな、と思ったりもするんだよね」
「作戦が上手くいけばそれも可能だろうけれど、うーん、今期は期待できそうもないか」
「三浦はなんだかんだいって、ギリギリ残りそうなイメージがあるな。根拠はないんだが」
「それでは今期の予想いきましょうか。三回戦まで終わってますけれど」
「そうねえ、とりあえず連勝者三名のうちだれかだろうけれど、やっぱり谷川王位を押します」
「僕は久保八段を推しておきます。森内九段は当たり前すぎて予想としては鉄板過ぎますから」
「よし、じゃあ降級候補は?」
「青野、島が非常に順当だと思うんですがそれじゃあ面白くないですよねえ」
「しかしその二人しか想像できない…」
「しかたないな、じゃ、それで」
※週刊将棋No1008に掲載されたよみくま氏の観戦記は、対局者より記者自身のことに触れすぎですし、あまりにも棋士に対して礼を失っている内容だと思います。以下に具体的な例を挙げてその根拠を示します。一体どんな読者を想定して書いているのでしょうね(よみくまファン、に対してでしょうか)。
……このままじゃ後味悪いので、先人の観戦記の定義を引き写し今週はお仕舞い。