私見森内将棋

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 森内将棋の特徴について書いてみる。要約すると「戦わずして勝つことに全力を注ぐ将棋」だということ。駒組みの時点で勝つ。故に将棋は駒がぶつかってから、という一般愛好家には人気がない。難しい打球でも涼しい顔して捕球する職人プレーヤーといった印象になりますな。

 名人戦第一局。先手森内の横歩取りに対し後手丸山は十八番である8五飛戦法で対抗した。これは森内が先手を握れば十中八九は予想された戦形であり両者経験も研究も十分だったはず。で、気になるのは森内の対策なのだけれど8七歩と謝る指し方を選択したのである。僕が知っている範囲ではここで歩を打つのは損ではないのか、といわれていたみたいで、見た感じなんだか少し古い指し方だなあと思ってみていた。続く指しても僕の予想は当たらず(そんなもんだ)、飛車交換を許した局面では飛車の打ち込み場所が多い先手のほうが先に桂得しているとはいえヤバイのではないかと思っていた。もちろん毎日新聞の対局実況での中野編集長のコメントでは名人の攻め駒が少なく切れ気味だといっていたけどね。飛車打ちを許してからの反撃が厳しく低く金銀4枚で囲われた丸山玉をあっという間に寄せてしまった。

 飛車を打ち込まれて平気、という感覚が僕のような五流アマチュアにはにわかに信じられないのだけれど、あの局面に自分で持ち込んだからには切らせることが可能、という絶対の自信があったのだろう。あの局面を想定して駒組み。逆に飛車交換を避ける展開は駒がたくさんぶつかる展開が予想される。変化が多くなると名人のほうが上手な感じ。というわけであっさり交換に応じたんじゃなかろうか。組上がった時点でこちらが有利なんですから暴れてらっしゃいよ、という森内の態度に丸山がしぶしぶ攻めたんだけど、やっぱりダメだった、って印象がある。

 二局目は先手丸山の角換わりに普通に受けて立つ。控え室では63手目に飛車を24に走って丸山有利との結論を出したようだが、ここで▲18飛と寄った。これ以降丸山にはチャンスが回ってこなかった。局後の感想では61手目の▲56金が敗着だったと語っている。この将棋も作戦的にどうかはわかんないんだけど、結局先に攻めさせられた丸山。で、自分から転んでしまうように仕向けられたんじゃないかなあ。つまり森内の作戦勝ちだった、と。

 孫子の兵法ってありますよね。戦争の極意が書いてある古典なのですが、戦わずして勝つ、というのが最上なんですよ。どういうことかというと、戦う前からどうやって勝てるような状況を準備しておけよ、ということなんですね。これを戦略というらしい。将棋の場合持ち駒は同じなので、差をつけるとすると陣形の組み立てに当たると思う。で、実際剣を交える最の指標となるのが戦術と呼ばれるものでここで勝つの次善だと。駒がぶつかってからの捻りあいですな。森内将棋は戦略で勝ちを得ようとする指向があるようです。組みあがった時点で勝ち。駒がぶつかる前に優劣をつけることを最上としているのではないか。勿論全ての棋士は作戦勝ちを狙ってはいますよ、狙ってはいるんですがその意識が強い。故に勝つときは圧勝。戦略家といえばもう一人、田中寅彦が居りますね。彼も作戦勝ちを極度に狙う戦略家です。が、哀しいかな戦術面に難があるため活躍しきれていない。また戦略が素人にもわかりやすいので真似しやすいというも森内とは異なるところでしょうか。三国志で言えば諸葛亮、あ、実力ではなくて人気があるという意味でね。だとすると森内は司馬懿といった感じですか。すぐれた戦略家であり玄人受けするという意味で。ちなみに羽生は戦略家戦術家で接近戦も一品という意味で曹操だといえましょう。ちなみにこういう人種は凝り性のため、作戦を捻りすぎてぽっきり折れたりもするようです。

 一、二局目では組みあがって時点で森内の勝ちだったようです(二局目はそうとも言えないか)。まさに森内の理想的な勝利。一触鎧袖だったと。ただ、その戦わずして勝つ、というこの棋風をきちんと一般のファンにもわかりやすいように説明しないとマニア向けな名人戦だ、という印象しか残らないだろう。これは週刊将棋で島朗もいっていたね。観戦記者よ、腕の見せ所でっせ。


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初版公開:2002年4月27日 最終更新日:2002年5月4日
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