道場の思い出

double crown

 今まで二つの将棋道場(クラブ)へいったことがあります。一つは中学2年か3年の時。日曜日の午前は父親と将棋番組を見て過ごし、お小遣いで毎月「将棋世界」を購読していた奇妙な中学生でした。正課のクラブに将棋部はあったけど強い人は皆無でたぶん僕が一番強かったような気がする。田舎だったので将棋を指せる人も少なくレベルもたいしたことはなかった。そんなわけで相手に飢えていたんですね。その様子を見ていた父親は電話帳で将棋道場を探し、僕を連れて行ってくれたのでした。その道場は羽振りのいい歯型を作る職人さんが道楽でやっていて、大きな屋敷の側に二階建ての離れがあり、急な階段を上ってその道場へ通ったのです。本格的な道場ではなく、囲碁も併設していました。段がどうのこうのということはなく、だれとでも指したものです。ほとんどおっさんばっかりで中学生は僕だけだったな。

 最初はまず力試しということで道場主と指した。2局戦った。戦形はたしかひとつは升田式石田流。もうひとつは忘れた。結構自分の実力に自惚れていた時期(笑)でもあって2局とも勝ったことは当然だと思っていた。後で聞くと道場主は囲碁の方が強いということだった。周りで見ていた大人は「お、将来の名人か。わははは」なんて囃してくれた。悪い気分じゃなかった。

 道場は道場主の都合で夜だけの営業だったと思う。僕は夜7時ごろ親父に車で道場まで送ってもらい、夜10時になると迎えに来てもらっていた。車に都はるみのテープが入っていていつも聞かされていた。おかげで「寒さ、こらえて、編んで、ます〜」と北の宿とか今でも歌詞なしで歌えます。

 道場にはいろんな職業の人がいて面白かったね。僕は中学生でおしゃべりでもないからあんまり話さなかったんだけど、迎えに来る親父がいろんな人と話して、あの人はこんな人、この人はあんな人と教えてくれた。道場主が義歯加工師(正式名称失念)であることもそのとき知ったし、愛想のいいへんに軽いおっさんは自称医者といっていたがよくわからん、とか寡黙な長距離トラックの運転手とか。道場ではタバコ、飲酒オッケーだったんだけど、この運転手は「結構です」とかたくなに断っていました。将棋も気合の居飛車党で、対振り飛車にはかならず急戦を仕掛けてきたなあ。このころの僕は三間飛車党で石田流、升田式石田流、など取り混ぜた将棋をよく指していていましたね。

 他に印象が残っているのは真部八段そっくり(つまり美中年)のおじさんですね。その道場では頭2つ、3つは飛びぬけた実力で道場トップクラスの人に駒を落としたり、後手で指したりしていました。一つの戦法にこだわる人でそのときは四間飛車穴熊を連採していたことを思い出します。タバコの煙を静かに吐いて、切れ長な眼で盤面を一瞥し、あぐらの足を組替えて着手する姿が強烈に印象に残っています。かっっこえええっっっって思いましたもんね。感想戦はみんなでそのおじさんにいろいろ質問するんですが丁寧に答えていました。みんな、ははー、さすがですねえ、って感じ。みんな将棋の質や姿勢や態度にほれぼれしていたんでしょうね。僕も飛車落ちか角落ちで一局教えてもらったことがありましたが、そのときは丁寧に受けきられて負けたような気がします。あの頃は徹底的に攻め将棋だったなあ。

 道場には本棚があって、昔の将棋世界やら将棋の本が山のようにあって、対戦相手がいないときによく読みました。とくに僕は将棋世界の「と金横丁」っていう漫画が大好きでそこばかり探して読んでいました。サイト名を「と金横丁」にしようかと悩んだものです(笑)。作者も忘れてしまったけど、あれ一冊の本になっていないのかなあ。むちゃくちゃ欲しいです。升田幸三実力制名人の「つよがりが 雪に転んで まわりみる」(だったったけ?)という歌をもじった漫画が印象に残っています。勿論その当時はその歌を知らなかったんです。あとになって、ああ、あの漫画はこの歌をネタに作ったんだなあ、と合点がいきました。

 一度道場から電話があって、中学生で将棋指したい子がいるんだけど来てくれない?、ということだったので行って指したことがありました。将棋の本から勉強したんだなあという将棋で、相手が居飛車でも振り飛車でも矢倉に組んでくるという、ある意味頑固な人だったですねえ。あんまし年が変わらないのに道場では先輩だから、こっちからいろいろ感想戦でべらべら喋らなくてはならなくて、気を使いましたねえ。一回こっきりでその中学生とは会わなくなりました。

 合計すると結局10回行ったのかなあ。塾があったり高校受験があったり部活(剣道部!)が忙しかったりして足が遠のいたんだけど当時大人の人と対等に向かい合えたというのは、大きな出来事だったように思います。将棋の強さは年齢じゃないものね。おかげで大人なんてたいしたことないじゃん、というあたりまえのテーゼを早いうちに体得できたのでした。めでたしめでたし(笑)。


TOP将棋戯言前の戯言次の戯言

初版公開:2001年10月06日 最終更新日:2003年3月31日
(C) double crown 2000,2001
double crown(E-mail:doublecrown.under@gmail.com)
http://doublecrown.under.jp/
http://doublecrown.under.jp/shogi/0050.html