近頃聞いたり読んだりする将棋用語に「往復ビンタ」というものがある。同じ戦形を先後入れ替えて戦い、どちらとも負けた状態を指す言葉で、敗者にとってはかなり屈辱といえよう。同じ人に二番連続で負けたことも痛いが、何よりどんな形でも負けてしまうという現実は敗者を酷く傷つけるものだ。人格否定の一歩手前あたりの衝撃があるといっても、あながち嘘ではなかったりする。
さて。この間アマチュアが10名参加する朝日オープン将棋選手権が行われて、7勝3敗とプロが大いに善戦したわけだが(この様子は渡辺明の日記にしっかり記録されている)、負けたプロの一人に大平四段という人物がいる。対戦相手はこの間アマ名人に返り咲いた天野高志で、下層棋士などより知名度が高いと思われるアマである。朝日のHPにその将棋は掲載されているのでご覧下さい。相矢倉戦なんだけれど、なんだかこれ、大平君はしっかり負かされているんであるよ。非常に切ない。近頃米長永世棋聖の本や将棋を眺めているからかもしれないけれど、あっさり土俵を割っているんだよなあ。非常に淡白というかね。
矢倉なんていうのは本格的な戦法で普通ならプロの方が研究が進んでいる関係上、負けるわけが無いんである。近頃はアマのほうが熱心なのかもしれないけれどね。いや、矢倉はごちゃごちゃしながら駒をぶつけ合う、変化が非常に複雑な将棋になりがちなんだから実力がモロに出やすいはずなんだけれどねえ。あ、実力が出たから負けたのか。
しかし最近プロの将棋では比較的に見ない矢倉だが、どうしてそんな将棋になったかというとこれには理由がある。なんと朝日の前日、第2回近将カップで大平四段 VS 天野アマの対局があったのだ(詳細は近将道場トップ・先週の対局結果6月5日より(おそらく今週でログが流れると思うので保存しておきます))。戦形は天野アマを舐めきっている、というかそれで負けても言い訳が立つような、初手△9四歩〜△9五歩〜△9二飛という形で大平は戦ったわけさ。そして天野にしっかり咎められて玉砕。ああ、なんて、なんてみっともないんだろう。翌日に勝てばいいか、と思ったかどうか知らないが矢倉でも負けているんだから言い訳できないし目も当てられない。終局時、対局室に漂った空気を考えるとゾッとしちゃうよ。アマチュアに二連敗ってどういうことなんでしょうね、はは。
奇襲でも負け正道でも負け。厳密にいえば大平が喰らったのは「往復ビンタ」とはいわないのかもしれないが、ま、どちらにしても相当みっともない。特に近将での戦法の選び方が今にして思えば不遜だったのだろう。謙虚な人にしか運命の女神は微笑まないらしいよ。