プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト

空家の冒険

The Adventure of the Empty House

アーサー・コナン・ドイル著
翻訳:double crown(d_crown@cocoa.freemail.ne.jp)

ver 0.62 推敲中

原文:「The Return of Sherlock Holmes」(Project Gurenberg; rholm11b.txt)より「The Adventure of the Empty House」
2001年01月31公開 2002年11月19日修正
(C) double crown

 非常に独特かつ説明のつかない状況下で起きたロナルド・アダー卿殺人事件に対して、すべてのロンドン市民が興味を抱き、上流社会がうろたえたのは1894年の春のことであった。人々は警察の捜査から発表されたこの犯罪の詳細についてすでに知っていたが、なお多くの事実が公表差止めになっていた。というのも、検察当局の論拠が大変はっきりしていたので、全ての事実を公にする必要はなかったからである。それがかれこれ10年たった今になってやっと、注目すべき事件全体を構成するのに欠けていた部分の発表を許されたのである。その犯罪はそれ自体としても興味深いものであったけれど、私にしてみればその思いもよらない結末と比べればなんでもないとさえいってよかった。その結末は私の冒険に満ちた人生においても、一番のショックと驚きをもたらしたのである。長い時間が過ぎた今でもそのことを思い出すと、私は身震いを感じてしまう。そして再びすっかり私の心をおおったあの喜びや驚き、疑いの念が突然押し寄せてくるのを感じるのである。ここで私がときおり注目すべき人物の考えることや行動について書いた記事を興味深く読んでいる世間の皆さんに言わせてもらいたいのであるが、私が今まで事件に関する情報を提供しなかったからといって非難しないでいただきたい。というのは、もし彼の口からはっきりと禁止されていなければ、そうするのを私の第一の義務だとみなしていたのである。その禁止令は先月の3日になってやっと解かれたのであった。

 シャーロック・ホームズとの親交の深さが犯罪に関して私により強く興味を抱かせたのだと想像することができる。彼がいなくなった(訳注:当時シャーロック・ホームズは宿敵モリアーティ教授との死闘の末、谷底に落ち死んでいると考えられていた)あとも私は一般の人より先行して様々な事件を注意深く読み取ることを怠らなかった。それどころか私の個人的な満足のために彼の事件解決法を一度ならず試みたのである。けれども大してうまくいかなかった。しかしながら、このロナルド・アダーの悲劇ほど私に訴えかけてくるものはなかった。一人または複数が反対したかは分からないが結局謀殺の評決に至った死因審問の証書を読んだとき、私はシャーロック・ホームズの死によって社会が被った損失をことさらはっきりと悟った。この奇妙な事件には特徴があって、私は確信するが、それは特にホームズをひきつけただろうし、ヨーロッパで初めての私立探偵による鍛えられた観察力と鋭敏な知性によって警察の奮闘を補った、もしくはもっとありそうなことだが、出し抜いたことだろう。回診しながらも1日中その事件のことが頭の中を巡っていたのだが、私には十分な説明を一つも見出せなかった。すでに知れ渡っている内容について語ることを覚悟の上で、人々に知られている死因審問の結論である事実の要点を繰り返してみよう。

 ロナルド・アダー卿は当時、数あるオーストラリア植民地の一つの総督であるメイヌース伯爵の次男であった。アダーの母は白内障の手術を受けるためにオーストラリアから帰国していて、彼女と息子であるロナルド、そして娘のヒルダはパークレーン427番地でいっしょに生活していた。上流社会の仲間入りをしたその青年には知られる限りでは敵もいなかったし、これといった悪行もなかったようだった。彼はカステアー家のエディス・ウッドリィ嬢と婚約していたが、数ヶ月前に相互の同意で取りやめになっている。そのあとに深い反感を残した様子はない。その後、彼は限られた普通の人たちだけと交流するようになった。その結果、彼の気質は穏やかになり感情的ではなくなったのである。が、しかし、それにもかかわらず1894年3月30日の夜10時から11時20分の間に、この鷹揚とした若い貴族へ大変奇妙で予想だにしない死が訪れたのだ。

 ロナルド・アダーはカードゲームを好み、頻繁に遊んでいた。しかし損害をあたえるほどの賭金ではなかった。彼はボルドウイン、キャベンディッシュ、バガテルカードクラブの会員だった。亡くなった当日の夕食後に後者のクラブで、ホイスト(訳注:2人づつ組んだ2組で行うトランプ遊び;ブリッジの前身)3番勝負をしていたことが明らかになっている。彼はまた午後もそこで楽しんでいた。いっしょに遊んでいたムライ氏、ジョン・ハーディ卿、モラン大佐は「ゲームはホイストで結果はほとんど引き分けでした」と証言している。彼は5ポンドは失ったかもしれないがそれ以上ではなかった。彼の財産はかなりのものでそのような損失が彼になにか影響をあたえることはありえない。ほとんど毎日どこかのクラブで遊んでいたが彼は用心深い競技者だったので常に勝っていた。実際一緒に組んでいたモラン大佐とともにゴッドフライ・ミルナーとバルモラル上院議員から数週間で一気に420ポンドほども勝っていたと証言の中にある。彼の最近の経歴について死因審問であきらかになったのはこれだけである。

 犯罪のあった夜、10時きっかりに彼はクラブから帰宅している。彼の母と姉は親類と夜会をすごすために出かけていた。召使いは普段彼の居間として使っていた3階正面の部屋に彼が入った音を聞いたと証言している。召使いはこの部屋の暖炉に火を入れていたが煙ったので窓を開けている。その部屋から11時20分まで何も物音はしなかったらしい。母親とその娘が帰宅したのは午後10時であった。母親が「お休み」といいに息子の部屋へ入ろうとしたが内側から鍵が掛かっており呼んでも叩いても返事はなかった。助けを得て扉をこじ開けるとテーブルのそばで倒れている不幸な若い男が発見された。彼の頭部は膨張した一発の銃弾のために無残な姿になっていたが、その部屋ではそんな種類の武器は発見されなかった。テーブルの上には2枚の10ポンド紙幣と金貨銀貨合わせて17ポンドが小さく積まれていた。その上にクラブの友人の名前が書いてある紙が置いてあった。推測するに死ぬ前にトランプの勝ち負けを整理しようとしたのだろう。

 状況の綿密な調査は事件をより複雑にしただけであった。まず第一にアダーが内側から扉に鍵をかけなければならない理由がなかった。犯人が閉めその後窓から逃走したという可能性はあるけれど、地面まで少なくとも20フィートはあり真下の花壇にはクロッカスが満開に咲いている。その花壇にも地面にも乱された跡は見当たらなかったし、通りから家を隔てる芝生の生えた細い小道にもそんな様子はなかった。それ故に見たところアダーが自分で扉に鍵をかけたと考えられる。ではいったいどのようにして彼は殺害されたのだろうか? 痕跡を残さず窓へ登ることはできない。窓越しに発砲したと仮定すると、リボルバーの一撃でこんな致命傷を負わせるなんて異常な一撃だったといわざるえない。その一方でパークレーンは交通量の多い大通りでその家の100ヤード範囲に辻馬車待合所があるが誰も射撃音を聞いていない。それなのに先端がやわらかくキノコ状に変形したリボルバーの弾丸によって即死の傷を負い男は死んだのである。すでに話したがアダーには敵もいないし部屋からお金や貴金属を持ち出そうとした痕跡もなかった。以上が動機がはっきりしないためより複雑になってしまったパークレーン事件の状況である。

 一日中すべての事実がうまく当てはまるような説明をあれこれ考えてみたし、すべての調査の出発点は一番の弱点からだとホームズがいっていたのを思い出したりもしたがまったく進展がなかったことを告白しなければならない。ある晩、私は公園を横切りパークレーンのオックスフォード通りのはずれに6時頃立っていた。歩道の浮浪者の一団が、全員ある一つの窓を見上げており、そのせいで私は見に来た家がどれだかわかった。背が高く細い眼鏡をかけた男が、私は私服刑事だとにらんでいたのだが、自説を陳開していて他の人は彼が何をいっているのか聞こうと集まってきた。私も聞こうとして近づいてみたけれど、彼のいっていることががあまりにひどいものだからむかむかしてさっきいたところに引き返そうとした。そのとき私の後ろにいた足を引きづっている老人にぶつかってしまい、彼が抱えていた本を落としてしまった。私が拾い上げた本の一冊は確か『樹木礼拝の起源』だったと記憶している。職業かあるいは趣味として無名な本を集める貧しい読書家に違いないと内心思った。不幸にも汚してしまった本は彼の目から見ると大変高価なものであることは明白なのでぶつかったことを謝ろうとした。しかし彼は軽蔑のうなり声を上げて踵を返した。私は彼の曲がった背中と白い頬髯が群集の中に消えて行くのを見ていた。

 パークレーン427番地の家の調査は、私が興味を抱いている問題をはっきりさせるにはほとんど役にたたなかった。家は低い壁と柵で通りを隔てていたが5フィートの高さもないので庭に入るのは容易である。しかし水道管やその他登る手がかりがないから窓から入るのは不可能であった。前より頭を悩ますことになったのでケンジントンへ引き返すことにした。すると書斎に入って5分もしないうちに来客があると女中がいいに来たのである。見て驚いた。高価な本を少なくとも12冊は右腕に抱え、白髪からかすかにのぞく鋭くしなびた顔は先ほどの奇妙な老収集家にほかならないではないか。

「驚きましたかな」

 と彼はへんにしがれた声でいった。私はうないた。

「私にも良心がありますんでね、この家へ入っていくのを偶然見かけたんで足を引きずりながらあとをついていったんですわ。中に入って親切な紳士に会い、私のぶっきらぼうな態度に悪意はなかったことと本を拾ってくれたお礼をいいにきた、というわけですよ」

「それはご丁寧に」 と私。「ところでどうして私のことを知っているんですかな?」

「おや。そりゃ失礼しました。ご近所さんですよ、教会通りの隅にある小さな本屋ですわ。あなたに会えて幸運でした。ま、気を取り直して。ここに『英国の鳥たち』『カツルス』『聖戦』があるんだが――いずれも安い買い物じゃないかね? そういえば2番目の棚の隙間に5冊ぐらい入れるとぴったりするなあ。あれじゃだらしないねえ。そうは思いませんかい?」

 というので後ろの棚を見ようと振り返り再び顔を戻すと、書斎の机をはさんだ向こうにシャーロック・ホームズが微笑みながら立っていた。すっかり驚いて立ち上がり数秒間彼をじろじろ見た。と、どうやら失神したらしい。こんなことは生涯を通して初めてであった。確かに灰色の霧が目の前を旋回していた。意識を取り戻したとき襟元がゆるめられているのに気づいた。唇はブランデーの後味でひりひりしていた。ホームズはフラスコを手に椅子にかがんでいた。

「親愛なるワトスン」

 忘れられない声だった。

「君に無数の弁解をしないといけないね。こんなに効果があるとは思いもしなかったよ」

 私は彼の腕を握り締めた。

「ホームズ! 本当に君かい? 君が生きているなんて。どうやってあの恐ろしい奈落から這い上がることができたんだい?」

「ちょっと待ってよ、ちゃんと議論できるのかい? 劇的な再会でかなりの衝撃を与えたからねえ」

「私なら大丈夫さ。しかしまさか、ホームズ、目を疑うよ。ああ、君が――すべての人の中で――君が私の書斎にいるなんて!」

 再び袖を握った。その下にある細くて力強い腕を感じた。

「ああ、幽霊ではないんだね、とにかく。親愛なる友よ、君に会えて大喜びだよ。座りたまえ、どうやって君はあの恐ろしい深い裂け目から生還できたのか聞かせておくれよ」

 ホームズは向かいに座り、懐かしい無頓着な態度で紙巻タバコに火をつけた。彼は書籍商人が羽織るみすぼらしいフロックコートを身に着けていた。テーブルの上に白い髪の山と古い本が残されている。昔より痩せ、研ぎ澄まされているように見えたけれど、語りかけるその鷲顔の血色は悪く最近健康ではないようだった。

「体を伸ばせてうれしいよ、ワトスン」と彼は言った。

「数時間も背の高い男が身をかがめるっていうのはまったく酔狂じゃできないね。おお、親愛なる君よ、弁解しなくちゃいけないことは山ほどあるけれどその前に僕たちの前にある厳しく危険な夜の仕事をお願いしていいかい? おそらくそれが終わった後にすべてを話したほうがいいと思う」

「私は好奇心でいっぱいだよ。今聞きたいね」

「じゃ今夜一緒に来てくれるかい?」

「いつどこでもついていくよ」

「実に昔のようだね。出かける前に晩御飯を少しを取ったほうがいいな。ええと、あの深い割れ目だっけ。そこから出るのはそう大変じゃなかった。だって落ちなかったんだもの」

「落ちなかったのかい?」

「ああ、ワトスン、落ちなかったのさ。君に宛てた手紙はそのとおり嘘偽りはない。安全な場所に続いている狭い小道に、遅れて来たモリアーティ教授の不吉な姿を見て取ったとき、人生に終わりが来たんだと確信したよ。彼の灰色の目に情け容赦のない決意を見た。そこで彼と話し君が受け取った手紙を書く許しを得たというわけさ。タバコケースと杖を手紙といっしょに置き、小道沿いに歩いた。モリアーティは後ろをついてきた。道の終わりについたとき滝のそばに立つことになった。彼は武器を引き出さなかったが、しかし、突進してきて長い腕で僕を振り回した。勝負あったと思っただろうね。僕に対する復讐は半端じゃなかったよ。僕たちは谷底の縁を揉みあうことになった。しかしながらバリツー、まあ日本式格闘技のことだけど、その知識がずいぶん役に立ったね。僕が彼の手からすりぬけると、彼は恐ろしい悲鳴とともに少しの間足をばたばたさせ、その両手は空をつかんだ。ただその奮闘もむなしく、バランスをくずして落ちてしまった。長い距離を落下してゆくのを縁から覗き込んでみていた。岩にぶつかり、跳ね飛んで、そして水の中へと消えていった」

 私は驚きながらホームズが一服している間に語った説明を聞いた。

「しかし足跡はどうなんだい」

 と私は叫んだ。

「足跡からすると二人は小道から帰ってこなかったはずだよ」

「こういうことだよ。教授がいなくなった瞬間になんて異常かつ幸運な運命が訪れたのだろうって思った。モリアーティ以外に僕の死を望んでいる輩がいることは知っている。リーダーの死によってますます復讐心を燃やしている奴は少なくとも3人いた。全員が大変危険な男達だ。誰かが確実に倒すだろう。一方、もし死んだとみんなが納得したら、彼らは勝手気ままにふるまうだろう。そうすれば安心して尻尾を出すだろうから遅かれ早かれ彼らを壊滅させることができる。それでまだ生きているということを知らせるのには、時間を置いたほうがいいだろうと考えたのだ。あんまり頭がすばやく回転したものだから、モリアーティ教授がレヘンバッハの谷底へ到達する前にこれらすべてを考えついたと思う。

「立ち上がり背後にある岩壁を調べた。数ヶ月後、壁が垂直だったと断言している君の大変興味深い絵画のような美しい説明を読んだよ。でも文字どうりってわけじゃなかった。とっても小さい足がかりが露出してた。岩棚の徴候があったんだ。崖は高すぎて、全部登りきるのは明らかに不可能だった。同じように、濡れている小道に足跡を残すことなく歩くことも不可能だった。確かに、ブーツを前後さかさまにしてもよかったかもしれない、前にもやったことがあるようにね。でも同じ方向に3つの足跡があるのも明らかにごまかしだといってるようなもんじゃないか。結局、登る危険を冒すのがもっともよかった。楽しい仕事ではなかったけどね、ワトスン。滝は私のすぐ下でごうごうととどろいていた。僕は空想的な人間ではないけれど、谷底の中から叫んでいるモリアーティの声が聞こえたように思えたよ。少しの失敗が命取りだ。一度ならず岩の濡れた階段で滑った手や足から草の房が離れたときもう駄目だと思ったよ。しかしもがきながら進み、そして最後にいくらか足元が深く柔らかい緑の苔に覆われた岩棚に着いた。目に付かないのですっかり安心して横たわることができた。親愛なるワトスン、君や多くの連れが全く同情をかきたてる能率的でない方法で僕の死の状況を調査してくれてたとき、僕は岩棚で手足をのばしてたというわけさ。

「最後に、君がお決まりのそしてまったく誤った結論に達してホテルへ戻り、僕は一人取り残された。冒険は終わったものだと想像していたんだが、しかし大変予期しない出来事によって、僕にはまだ驚くべきことが残っていたんだと思い知らされたんだ。上から落ちてきた巨大な岩が僕の側をうなりをたてて通りすぎ、小道を打ち深い割れ目の中へと弾んでいった。その瞬間偶然だと考えたんだ。次の瞬間見上げると暗い空に男の頭が見えた。もうひとつの石が伸びをしていた岩棚を打った。勿論、この意味は明らかだ。モリアーティはひとりではなかったのだ。どんなに危険な男かすぐに分かった。共謀者は教授が私を攻撃している間中見張っていたのだ。僕から見えない遠距離から友人の死と私の逃走の目撃者となったわけさ。彼は崖の頂上へ先回りし同士が失敗した場所で成功させようとしたんだ。

「考えてる暇なんてなかったんだよ、ワトスン。再び厳然たる顔を崖の向こうに見たんだ。別の石の前兆だ。小道を這い降りた。平然として降りることができたとは思わないな。登る時の数百倍は難しかったよ。何度も落ちそうになった。でも危険を考えている余裕なんかない。岩棚の縁に手でぶら下がったときに他の石が僕のそばで音を立てているんだしね。半分降りたところで僕は滑り落ちてしまった。しかし神の祝福によって涙と血を浮かべて小道に着地した。自分の足で、暗闇の中を山を越えて10マイル歩いた。そして一週間後、僕がどうなったか知るものが世界で誰もいないことを確信してフィレンツェに到達した。

「僕には腹を割って話せる人間が一人しかいなかった、兄のマイクロフトだ。君にたくさん謝らないといけないね、親愛なるワトスン、しかし僕が死んでいると考えられていることが重要だった。君は真実じゃないと私の不幸な結末の解説を説得力をもって書くことはできなかっただろうと確信している。3年間に幾たび手紙を書くペンをとったか知れない。いつもの愛情のこもった配慮が私の秘密を漏らしてしまうのではないかと恐れていたんだ。そういったわけで、今晩君が私の本をひっくり返したとき、君から逃げたんだよ。私には危険な時間だったよ。君に驚きと感動で私自身の存在が明るみに出てしまい、もっともひどく修理できない結末を導くところだった。マイクロフトには必要なお金を得るために打ち明けねばならなかった。モリアーティ団の裁判の結果、一番復讐心に燃えるもっとも危険な2人の人物が残り自由に活動をしていたから、ロンドンでの出来事の経過は僕が望んでいたようには進行しなかった。僕はチベットに2年間旅行した。ラサを訪問したりラマ僧正と何日か過ごしたりすることによって楽しく過ごせた。君ははシガーソンという名のノルウェー人の注目すべき探究書を読んだかもしれない。でも友人の消息を受け取っていることなんて絶対気づきやしないって確信する。ペルシャを通り抜け、メッカに立ち寄り少し滞在した。ハルトゥールのカハリファへは興味深い滞在で外務省に報告しておいた。フランスに戻り幾月かを南フランスのモントピーリアの研究所で指導しながら、コールタールの派生物の研究のために費やした。満足に締めくくったとき、敵のひとりが今ロンドンを去ったと知りまた、とても注目すべきパークレーンミステリーのニュースが急いで帰る催促をした。その事件自体訴えかけてくるものがあったし、個人的にもちょうどいい機会のように思えたからだ。僕はすぐにロンドンにやって来て、ベーカー街で私自身の姿でハドソン婦人をひどい興奮状態にしてしまい、そしてマイクロフトが僕の部屋の書類をそのままに保存してくれていたのに気づいた。というわけで、ワトソン君、今日の2時には、僕はなじみの自分の部屋でなじみのアームチェア―に座っていたんだ。そしてただ、なじみの友人のワトスン君がよくその場所を飾っていたもう一つの椅子に座って、会うことができたらなあと願っていたんだよ

 私がこの驚くべき話を聞いたのは、四月の晩のことだった。二度と見ることがないと思っていた、背が高く痩せている姿、鋭い熱心な顔つきを実際にみて確信しなければ、私にとっては全く信じられないような話だった。私の態度から彼は私の経験した悲しい死別のことを考えたのだろう。同情は言葉よりもむしろ態度に表れていた。

「仕事は悲しみを癒す最良の手段だよ、ワトスン」 と彼がいった。

「そして今夜、仕事をあるんだ。成功をもたらすことができたら、地球上のある男の生還は意味があったといえるんじゃないかな?」

 もっと説明してくれるようにいったが、無駄だった。

「朝までには十分に見聞きするだろうさ」

 と彼は答えた。

「僕たちには3年間分の話がある。注目すべき空家の冒険に出発する9時半までに満足させようじゃないか」

 ハンソム馬車で彼のとなりに座り、ピストルをポケットに忍ばせ、冒険への武者震いに気づいたとき、その時間は実に昔のようだった。ホームズは冷淡で厳格で無口だった。通りのランプのかすかな光が彼の厳しい顔立ちを照らした。考えに耽るように眉を寄せ、薄い唇をかんでいる姿が見えた。私たちが犯罪都市ロンドンの暗いジャングルの中で追い詰めようとしている乱暴な獣のことについて私は知らなかった。彼の禁欲主義的な憂鬱から時折漏れる嘲笑的な笑顔が前途の不吉さを表していたが、この主要な狩猟家の態度から冒険はもっとも重大なものであることを確信した。

 私はベーカー街へ向かっているのだと想像していた。しかしホームズはキャベンディッシュ広場の隅で馬車を止めた。彼が早足で歩きながら左右を探るような視線を与えていたことに気づいた。続いて通りの隅ごとに、彼の後をつけていないかを確かめようと最大限の骨を折った。私たちの経路は確かに奇妙なものだった。ロンドンのわき道に関するのホームズの知識は並外れていた。そしてこの場合、彼は確信した歩きぶりで私がまったく知らない猫の鳴き声たちと馬小屋の網目をすばやく通過した。最後に古く陰気な家が並びマンチェスター通りとブランフォード通りへ続く小さい道にでた。ここで彼はすばやく狭い通りへ折れ、木製のとびらをぬけ、人気のない庭にはいりこみ、家の裏門を鍵で開けた。はいっしょに中に入り彼は背後の扉を閉めた。

 その場所は真っ暗だった。しかし私には空家だということが明白だった。剥き出しの張り板の上を私たちの足はキーキー、ぱちぱち鳴った。細長い断片の中に紙切れがぶら下がっている壁に私の伸ばした手が触れた。ぼんやりとドアの向こうから暗い明かりを見えるまでずっとホームズの冷たくうすい指が私の手首を握り、長い玄関の前へ連れていった。ここでホームズは突然に右に曲がり、そして私たちはおおきくて四角く四隅が大変暗くしかし通りのあかりで中央がかすかに輝く空っぽの部屋にいることに気づいた。もはや近くにランプはなく、窓は埃で厚くなっている。それで私たちお互いの姿をかろうじて認めることができた。私の仲間は手を私の肩に置きそして口は私の耳の近くにある。

「僕たちがどこにいるかわかるかい」

 と彼がささやいた。

「きっとベーカー街だね」

 かすんだ窓を通してじろじろみながら私は答えた。

「まったくそのとおり。古い宿舎の反対に立っているカムデンハウスにいるのさ」

「しかしなぜここにいるんだい?」

「というのは絵のような高層建築物の眺めを大変すばらし見渡せるからさ。ちょっといいかい、ワトスン、少し窓に近づいて、君が見えないように用心して古い部屋を見上げてごらんよ。僕たちの小さな冒険の多くの出発点だね。もし僕の3年間の不在が君をおどろかす力を完全にうばってなければ、見えるはずだけどね。」

 私は前へ這って向かい側のよく知っている窓をみた。それが目に入ったとき息が止まり驚きの声をあげた。ブラインドが降りていて強い光が部屋の中で輝いている。部屋の奥で椅子に座った男の影が窓の明るい幕の上にはっきりと暗い輪郭を映していた。頭の位置、肩の直角さ、顔立ちの鋭さを間違えるわけがない。顔は半分振り向いており、その印象は、祖父母が作るのが大好きだった影絵の一つと同じものだった。それは完璧にホームズの模倣だった。あまりにびっくりさせられた私は側に立っている彼を確かめるために手をかけた。彼は無言の笑みでぶるぶる震えていた。

「どうだい?」 と彼。

「おお!」 私は叫んだ。

「信じられない」

「歳月も習慣もどうやら僕の才能を腐らせる力はなかったようだね」

 彼の声に芸術家が自分自身の作品に持つ喜びや自惚れがあった。

「僕より似ているくらいさ、じゃない?」

「どう見たってあれは君だよ」

「名声は数日間鋳造に費やしたグレノブルのオスカー・メニュアー氏のものさ。あれはロウの胸像だよ。あとは、午後にベーカー街で僕が準備したんだ。

「しかしなぜ?」

「というのもワトスン、僕が別なところへ出かけてもあそこにいるように見せかける必要があったからなんだ」

「部屋を監視されているって思ったのかい?」

「監視されていることは知っていたよ」

「誰にだい?」

「僕の古い敵だよ、ワトスン。リーダーがレヘンバッハの滝で眠っている魅力的な組織さ。彼らはまだ僕が生きていると知っている、というより彼らだけが知っていたということを思い出すに違いない。早かれ遅かれ彼らは僕が部屋に戻ってくるだろうと信じていた。彼らは絶え間なく僕の部屋を見ていて、そしてこの朝生きている僕を目にした」

「見られたって、どうして知ったんだい?」

「どうしてって、窓の外をちらっとみたときに彼らの番人を認識したんだ。彼は十分無害なやつだよ。名前はパーカーといって職業は絞首刑執行人、そして注目すべきビヤボン(訳注:口でくわえて指で弦をはじく楽器)の演奏者だ。私は彼に大して注意を払わなかった。しかし、彼に隠れモリアーティの腹心であり、崖から岩を落とした男、ロンドンの中でもっともずる賢く危険な犯人にずっと多くの注意を払った。その男は今夜私の後ろを追っている、だけどね、ワトスン、実にまったく彼が知らないうちに僕たちが彼を追っているのさ」

 私の友人の計画は徐々に明らかになっていった。この手ごろな場所から見張りが見張られ、追跡者が追跡されるのだ。向こうの痩せた影はおとりであり私たちがハンターだった。私たちは静かに暗闇の中を並んで立っていた。私たちの前を通ったり再び通ったりする急ぎ足の人影を見ていた。ホームズは沈黙し動かなかった。しかし彼は鋭く警戒し熱心に通行人の流れへ目を凝らしていることがわかった。寒々として騒々しい夜だった。長い通りに風が金切り声をあげている。多くの人々があちこちに動いていた。それらの多くはコートやクラバット(訳注:昔男子がネクタイの代わりに首に巻いたスカーフ;ネクタイ)で頭を被っている。一度か二度、前に見たのと同じ人影を目撃したように思った。特に通りからいくらか隔たった家の戸口に風から避難しようと現れた2人の男に気づいた。私は連れに彼らについて注意を促そうとしたが彼はじれったく舌を鳴らすと通りをじろじろみることを続けた。一度ならず彼はそわそわ歩き指で壁をこつこつ叩いた。彼は落ち着かず、望んでいたように計画がうまくいっていないということは私には明白だった。最後に真夜中が近づき通りは徐々にまばらになった。彼は抑制できない動揺の中、部屋の中を行ったり来たりした。私が明るい窓を見上げ彼にいくつかの意見を言うつもりだった。そして再びほとんどさっきと同じぐらいの驚きを経験した。私はホームズの腕をぐいと掴みそして前を指差した。

「影が動いたぞ!」

 と私は叫んだ。

 本当にそれはもはや横顔ではなく私たちの前で回転して後ろ姿になったのだ。

 自分より知性を働かせないものに対して、辛らつに当るところや短気なところは3年経っても明らかに変わらないものらしい。

「もちろん動いたさ。」

 とホームズ。

何人かの男たちをだませるかどうか予想するべきだったよ。見え透いた人形を立たせて、ヨーロッパでも抜け目のないことでは一、ニの男たちを騙せるなんて思うなんて。全くまぬけなもんじゃないか? ワトスン君。僕たちは2時間この部屋にいた。そしてハドソン婦人はあの人形を8回動かしているよ。15分に1度だ。彼女は前のほうから動かしているから影が見えることはおそらくないだろう。あっ」

 彼は興奮した新兵みたいに、スリルに息をのんだ。薄暗い光の中私は注目とともに硬直した全身の態度で前方に突き出した彼の頭をみた。外の通りにはまったく誰もいなかった。あの2人の男達はまだ戸口でうずくまっているかもしれない。しかしもはや彼らを見ることはできなかった。中央に暗い人影の輪郭とともに私たちの前にある輝かしい黄色の幕を除いてそれでもなおすべては暗かった。再び完全な静けさの中私は抑圧した激しい興奮を表現する薄い歯擦音を聞いた。とっさに彼は私を部屋の最も暗い隅へひきもどした。私の口に警告を発する手を感じた。私をぐいとつかむ指はぶるぶる震えていた。私は友人がこれほど動揺したのを見たことがない。それなのに暗い通りはまだ寂しく伸びていて私たちの前を動かなかった。

 しかし突然私が彼の鋭い感覚がすでに捕らえたものに気づいた。低いひそかな音がベーカー通りの方向ではなく私たちがちょうど隠れてうずくまっている家の後ろから私の耳に聞こえてきた。ドアが開きそして閉まった。足音は通路を忍足で進んだ。歩き振りからして静かにするつもりだったようだが空家中を耳障りに反響した。ホームズは壁を背にしてうずくまり、私もリボルバーの取っ手に手を近づけながら同様にうずくまった。暗がりを通して一部現れたはっきりしない開いたドアの暗さより黒い影の男の輪郭を見た。少しの間立ちつくした。それからそろりと歩をすすめ、身をかがめ、危険をふりまきながら部屋に入ってきた。彼は私たちから3ヤード内にいた。この不吉な姿。彼が私たちの面前にいるなんて思いもしないと悟る以前に私は彼の飛び出しに出会うことに緊張していた。彼はわたしたちのそばを横切り窓をこっそり近づき大変やさしく雑音が出ないよう半フィートほど開いた。この窓を開けたところまで身をかがめると、通りの明かりが、もはや誇りっぽいガラスを通してぼやけてではなく、はっきりと彼の顔をてらしだした。その男は興奮しているように見えた。彼の二つの目は星のように輝き彼の顔の一部は痙攣していた。彼は年老い痩せていて高く突き出た鼻を持ち禿た額と大きな白髪混じりの口ひげを蓄えた男だった。オペラハットは頭の後ろの方に追いやられていた。夜会用シャツがオーバーコードの前の開いたところから、かすかに白く光っていた。深く残忍さのしわを刻んだ彼の顔は荒涼として日に焼けていた。手には、杖のようにみせかけているものを持っていた。そしてそれを床に横たえた。ガランという金属音が鳴った。その時彼のオーバーコートのポケットからかさばったものを引っ張り出し、バネかボルトがきっちりはまったような大きく鋭いカチッという音が終わるまで彼は忙しくしていた。まだ床にしゃがんでいる彼は前にかがみ、彼の体重と力をいくつかのレバーに掛けた。長くギリギリという引く雑音がして最後に力強いカチッという音がした。彼が立ち上がったそのとき私は彼の手にあるのは奇妙で不恰好な台じりを持つ短い銃であることを見た。彼はその銃の銃尾を開き何かを入れ銃尾の部分がパチンとなった。それから、しゃがみこみ、銃身のはしを開いている窓の棚のところに乗せた。そして私は彼の長い口ひげが銃底に掛り、彼の片目が照準をのぞきこんだとき光った。彼が肩に台じりを抱え前方の視界の先に黄色い場所の黒い男である奇妙な標的を見たとき私は満足そうな小さいため息を聞いた。ちょっとの間、しばらく彼は硬直し動かなかった。その時彼の指がトリガーをきつく締めた。奇妙で大きなビューという音と長く壊れたガラスの澄んだチリンチリンという音が鳴った。その瞬間ホームズはトラのように射撃手の後ろに飛び掛り彼の顔に平手打ちを浴びせた。彼はその瞬間われに返ると痙攣している力でホームズの喉をぐいとつかんだ。しかし私がリボルバーの底で彼を頭を打ったので再び床に倒れた。私は彼を打ち倒しそして彼を捕まえているとき私の仲間が警笛を鋭く鳴らした。舗装道路の上を走ってくるがちゃがちゃした音を感じた。平服の探偵ととも制服を着た二人の警官が入り口を通って部屋の中に入ってきた。

「レストレードかい?」

 とホームズがいった。

「はい、ホームズさん。私は職務を全うしていますよ。ロンドンに戻って来てくれてうれしいであります」

「君はこっそり手助けがほしいと考えているね。一年に3つも未解決の事件があるんじゃ調子よくないものね、レストレード君。しかしね、君は悩める謎を決していつものやり方で処理していないね? 君はかなりうまく処理したというかもしれないけど」

 私たちは激しく呼吸している囚人の両側に頑丈な巡査をおいて全員立っていた。すでに数人のぶらつく人が通りで収集を始めていた。ホームズは窓へ行きそれを閉め、そしてブラインドを下ろした。レストレードは二つの蝋燭に火をつけ、警官は彼らのランタンの覆いをとった。私は最後に私たちの囚人をよく見ることができた。

 私たちの方を向いているのは途方もなく男らしく不気味な顔だった。上には賢人の眉、下には肉欲に耽るあごのその男はいいにも悪いにも巨大な能力を発揮したに違いない。事前の明白な危険信号を読み取らずに彼の残酷な青い目、その目に垂れている皮肉なまぶた、獰猛で攻撃的な鼻と脅迫的な深い線の眉をみることはできなかった。彼は私たちにはたいして注意も払わず、ただ彼の目はホームズの顔に向かって憎しみと驚きが平等混ぜ合わされた感情とともに固定されていた。

「おまえは悪魔だ!」

 彼はつぶやきつづけた。

「あなたは利口な、利口な悪魔だ!」

「おお、大佐」

 としわくちゃの襟を整えながらホームズがいった。

「『恋人たちの旅行の終わりに出くわす』と昔はいったっけ。僕がレイヘンバッハにある棚の上で横になっていたとき私に親切にしていただいて以来あなたに会う喜びを持てるなんて考えても見ませんでしたよ」

 大佐はまだ夢うつつな男のように私の友人をじろじろみていた。「おまえはずるい、ずるがしこい悪魔だ」というのが彼のいうことができたすべてだった。

「おっと、皆さんに紹介していなかったね。」 とホームズ。

「この紳士はセバスチャン・モラン大佐といい一度は女王陛下のインド軍において東ヨーロッパが生んだ大変優秀な射撃手です。大佐、間違っていないと信じるけれどもあなたの虎刈りの記録はまだ破られていませんよね?」

 獰猛で年老いた男は何も言わず、しかし彼の残忍な目と驚くほどトラに似ている密生する口髭を持った彼はまだ私の仲間を睨み付けていた。

「かなり簡単な計略で大変古い人間をだますことができたなんて驚きです」

「あなたは非常に精通しているに違いない。木の根元に子ヤギをつないでライフルともにうずくまりトラをおびき寄せるため待ったことはないかな。空家がその木であなたがトラだよ。あなたは予備の銃を持ったりはしなかったでしょうか? トラが何頭もいた場合にそなえてね、もしくはこれはありそうにないことだけれど、自分が的をはずしたときに備えてね。これですか」

 と彼は周りを指した。

「僕のほかの銃達です。同様に正確ですよ」

 モラン大佐は激しい唸り声とともに前へ跳んだ。しかし治安官が彼を後ろに引っ張った。彼の顔に浮かぶ激しい怒りは外見を恐ろしいものにした。

「僕にとって1つ小さな驚きがあったことを告白する」

「あなたがこの空家と便利な前の窓をを使うだろうということを予期していなかった。通りから撃つだろうと考えてた。友人のレストレードと彼の陽気な男たちがあなたを待ちかまえていた。その例外以外すべて予期していたんだが」

 モラン大佐は探偵のほうへ向いた。

「あんたは俺を逮捕する正当な理由があるかもしれないし、ないかもしれない」

 と彼はいった。

「しかし少なくとも俺がこの人物のあざけりを甘受する理由はない。法律の手によって裁かれるのなら別だが」

「うーん、道理に合う理屈はたくさんだ」 とレストレード。

連れて行く前に、まだなにか言っておきたいことはありますか? ホームズさん。

 ホームズは強力なエアガンを床から取り上げてその機構を調べた。

「賞賛に値するすばらしい武器だ」

 と彼はいった。

「音を立てず凄まじい力。昔モリアーティ教授に注文されてそれを組み立てた以前牧夫をしていた盲目のドイツ人機械工を知っている。数年前にその存在に気づいてはいた。けれども手にとる機会に出会えるなんてね。それは特別に君に委ねるよレストレード、それに合う弾丸もね」

「お任せください、ホームズさん」

 とレストレードはいった。全員がドアの方へ動いた。

「ほかに何かありますか?」

「ただ、君は何で告発するつもりだったかを尋ねたい」

「なにでですって? 勿論、シャーロックホームズ氏殺人未遂で」

「いいや、レスレード。私は少しでもこの問題に顔を出したくないんだよ。君がもたらした注目すべき逮捕の名声は君に、君だけにあるんだよ。ねえレストレード、おめでとう。いつもの狡猾さと大胆さを上手くおりまぜて、君がかれを捕まえたんだよ

「彼に! 彼って誰ですか、ホームズさん?」

「世界中の警察が捜し求めていたが見つけられなかった男、12月30日パークレイン427番通りの前の3階の窓を通してエアガンから拡張弾でロナルド・アダーを撃ったセバスチャン・モラン大佐さ。あれを告発しろ、レストレード。ところで、ワトスン、もし君が壊れた窓からくる寒さを我慢することができるのなら私の研究室で葉巻をやりながら30分はあなたに楽しさを与える余裕があるかもしれないよ」

 私たちの古い貸し部屋はマイクロフトの監督とハドソン婦人の最近の注意で変わらず残されていた。私が入って見たときは確かに異例とも言うべ清楚さはあったが、懐かしい記念品達はすべてそれらの場所にあった。化学実験のためのコーナーと酸化した松材で覆ったテーブルがあった。棚には手におえない人物を綴じた綴込帳の束と多くの市民が焼き捨てることを喜ぶ参考文献があった。周りを見渡すと図表やバイオリンのケース、パイプ棚、タバコが入ったペルシャスリッパでさえ私の目に入った。その部屋には、すでに2人の人がいた。一人は私たちが入ってきたときに私たちに微笑みかけたハドソン夫人でもう一人は晩の冒険の大変重要な役割を演じた奇妙な人形だった。私の友人を模倣した蝋人形で大変見事にできていたからそれは完全な複写だった。その人形はホームズの古い部屋着をけて小さな台の袖に立って洋服をだらりと着ていたので通りからの姿は絶対に完全にだった。

用心に用心を重ねてくれましたよね、ハドソン婦人」

 とホームズ。

ひざまづいてやりましたよ、言われたとおりにね

「すばらしい。大変上手事が進みました。あなたはどこへ弾丸がいったのか気づきましたか?」

「もちろんです。弾丸があなたの美しい胸像が台無しにするのを怖がりました。それはまさに頭を貫通してそれ自身壁の上で平らになりました。私はそれを絨毯から取り上げました。ここにあります」

 ホームズはそれをつかみ私に渡した。

「柔らかいリボルバーの弾丸だよ。わかるかい、ワトスン。天才の仕事だね。エアガンから発射されたそのようなものが見つかるなんて誰が予想できるだろうか。うん、ハドソンさん。私は大変あなたの助力に感謝します。ワトスンもう一度君の古い椅子に掛けないか。私は君と議論したいいくつかの点があるんだ」

 彼はみすぼらしいフロックコートを脱ぎ、いま彼の人形から取ったねずみ色の部屋着に身を包んだのでまるで昔のホームズだった。

「老先生はやっぱり腕の確かさや目の鋭利さを失っていなかった」

 と彼は彼の胸像の粉々になった額を観察しながら笑っていった。

「後頭部の中央を垂直に脳を貫通している。彼はインドですぐれた射撃手だった。ロンドンにもこれ以上の人物はいないと思う。名前は聞いたことあるよね?」

「ないね」

「うーん、そんな評判か。君は世紀の偉大な頭脳の一人、モリアーティ教授の名前を聞いたことはないことを思い出したよ。棚から私の伝記索引ををとってくれないか」

 彼は椅子にもたれて彼のタバコからたくさんの煙をふきながらなまけてページを繰った。

「私のMのコレクションはいいよ」

 と彼。モリアーティ彼自身多く文面で華々しさは十分だが、ここは毒殺者モーガン、忌まわしい記憶のメリドウ、チャリングクロスの待合室で私の左犬歯を折ったマッソ、そして最後に私たちの今夜の友人のお出ましだ」

 彼が本をよこしたので私は読み上げた。

「モラン・セバスチャン大佐。失業中。以前は初代ベンガル開拓者。1840年にロンドンで生まれる。一度ペルシアの英国大使になったアウグストゥス・モラン卿の子息。イートン校とオックスフォードで教育を受ける。ジョワキ作戦、アフガン作戦、キャラシアブ(特派)、シャーパー、カブールへ従軍する。著書に1881年「西部ヒマラヤ山脈の難しい遊び」1884年「ジャングルでの3ヵ月」。住所:コンジット通り。クラブ室:アンジェローインディアン、ティンカービル、バガデルカードクラブ」

 余白にはこう書かれている、ホームズの几帳面な手で”ロンドンで2番目にもっとも危険な男”と。

「これは驚きだよ」

 と本の背中を持ちながら私はいった。

「その男の職歴は高貴なる戦士のそれだ」

「それは本当だね」

 ホームズは答えた。

「確信的な点はだね、ある時点までは確かに、彼はいい人物だったんだよ本当に度胸のすわった男だったし彼が人食い虎を負傷させたあとどのように排水管を這いずり回ったかっていうのはインドで語り草になっている。いくつかの木はね、ワトスン、確かに高く成長するが突然いくらか見苦しく風変わりに発達する。君はたびたびそんな人もよくみるだろう。個人個人は彼の祖先全体の流れの中での彼の発達を表現している。そして彼の家系を引き継いだいくつかの強い原因で突然よくあるいは悪く傾く、という持論を持っている。いわば人間は彼自身の家族の歴史の縮図だよ」

「なんだか非現実的だな」

「うん、それについて強くは主張しないがね。いずれにしろモラン大佐は道を間違えたんだ。いくつかの醜聞が広まらなかったら彼はまだインドは居心地がいいから手放さなかったはずさ。退役後ロンドンに戻ってきたけどまた悪い評判を手に入れてしまう。彼がモリアーティ教授に側近として見出されたのはこの時だ。モリアーティは彼に気前よく金を渡し彼を普通では引き受けることができない大変高いレベルの仕事に1、2度使った。君は1887年のスチュワート婦人の死の記憶があるかもしれない。え? ない? ふーん。私はモランが黒幕だったと確信しているがしかし証明することはできない。彼は大変利口だから隠したのだ。モリアーティ団が壊滅したときでさえ彼に罪を負わすことができなかったんだよ。私が君の部屋に君をたずねたときどうして私がエアガンを恐れてよろい戸を閉めたのかっていうあの日を思い出すだろ。確かにあなたは私を非現実的だと思った。私はこの注目すべき銃の存在を知っていたので私がやっていることは正確だと知っていた。またその背後には世界でももっともよい射撃手がいることも知っていた。私たちがスイスにいたとき彼はモリアーティと一緒について来た。そしてレヘンバッハの棚で彼が地獄の5分間を与えてくれたことは疑いようもない。

「君は私が足で彼を踏みつけるチャンスを探すためにフランスでの滞在期間中注意深く新聞を読んでいたと思うかもね。彼がロンドンで自由にしている限り私の人生は本当に生活する価値のないものになってしまう。日夜、影は私を覆い、そして遅かれ早かれ彼の機会は来るに違いない。私ができることは? 私が彼を撃つことはできない。私が被告席に立つだろう。治安判事に訴えても無駄だ。でたらめな容疑だと彼らに主張しても彼らは干渉することができない。だから私はできることがない。しかし私は遅かれ早かれ私が彼を捕まえるべきだと考えていたから犯罪記事を観察していた。そのときロナルド・アダーの死が出てきた。とうとう私のチャンスが到来した! 私の知識があったならモランがやっていると確信しないだろうか? 彼は若者と一緒にカードで遊んでいた。彼はクラブから家までその若者のあとをつけた。彼は開いた窓を通して彼を撃った。それは明白だ。銃弾だけで彼の頭にくびり縄を掛けるのに十分だ。私はすぐにやってきた。私は知っていたんだけど私の存在に大佐の注意を向けた番人に見られた。彼は私の突然の期間を彼の犯罪に結びつけることに失敗することができずひどく恐れたのだ。彼が私を葬り去る企てをしただろうと確信している。目的を達するために殺人武器を運んだのだろう。私は窓からの優れた追跡から逃れ彼らが必要だろうと思って警察に警告しておいた。ところでワトスン、君は誤りのない正確さでドアの前にいたそれらを見つけたね。私はあの場所を観察するにはおあつらえむきの場所じゃないかと思って確保したんだ。彼が攻撃のために同じ場所を選ぶなんて夢にも思わないよ。ねぇ、ワトスン、説明が足りないところって他にあるかい?」

「そうだねえ。ロナルド・アダー殺しのモラン大佐の動機がなんなのかはっきりさせていないね」

「ああ! ワトスン、それはどんなに論理的な理性でも間違うかもしれない推測の領域だ。今ある証拠からめいめい仮説を組み立てられるかもしれない。だから君の仮説はおそらく僕のと同じぐらい正確だよ」

「思いついたことはあるかい?」

「説明はそんなに難しくないと思う。調書によると、モラン大佐とアダー青年は相当額の賞金を勝ち取った、とある。で、モランは疑いようもなくイカサマをやっていた――僕はずいぶん前から気づいていたけどね。殺害された当日、大佐が不正をしていることを知ったんじゃないかな。たぶんアダーはひそかに大佐と話し、もし自発的にクラブの会員を辞め、二度とカードは手にしないと約束しなければその事実を公表すると脅した。アダーのような若者が彼より年長の有名な人物をすぐに暴き立てて不名誉を着せるなんてことはありそうもないけどさ。おそらくアダーは僕が言ったようなことをしたんだ。モランは不正な手段で得たカードの上がりで生活していたから、クラブからの締め出しは身の破滅を意味しただろう。それ故アダーを手にかけた。そのときアダーは仲間の犯罪行為で得た金は手に出来ないから、自分の取り分はどのくらいか計算していたんだ。母や姉が彼を驚かせたり、名前の書いた用紙やコインで一体何をしているのか聞きたがらないように扉の鍵を閉めた。で、話しは通るかな?」

「なるほど、真相を突いているよ」

「真偽は法廷ではっきりするさ。さしあたり、何が起ころうともモラン大佐が僕たちを困惑させる心配はなくなった。元牧夫の有名なエア・ガンはスコットランドヤード博物館を飾るだろう。そしてミスター・シャーロック・ホームズは、ロンドンの複雑な人間模様が豊富にもたらすちょっとした興味深い問題の研究に、再びその人生をささげることができるってわけさ」


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