形勢判断の参考書


 形勢判断は実に微妙なもので、個々人の資質もさることながら、なかなか言語化が難しいものです。実に個人的なものともいえましょう。ただし本筋というものはあるわけです。初心者はまずその本筋を学ばねばなりません。というか、そのほうが上達が早いのです。その本筋を見つける足がかりとして、谷川浩司の本に書かれる技術は大変有用です。

谷川浩司『将棋に勝つ考え方―異次元の大局観』(残念ながら絶版)

 谷川浩司の処女出版との触れ込みで書かれた形勢判断指南の本。お互いの駒に点数をつけ、その合計の比較結果と実際の局面を突き合わせて優劣を判断するという実に明快なもので、前半は点数のつけ方、後半はその実例と実践譜という構成になっています。これが実に頭に入る。初級者で伸び悩んでいる方だけでなく有段者も自分の将棋を見直す上でも目を通しておくほうがよいのではないかと。

 本書の功績は、形勢判断に具体性を持たせつつ、正解へたどり着く手段を提供したことにあるでしょう。指し手を決める際に使用する羅針盤が与えられたと考えてみて下さい。誰でも正しく使えば目的地へたどり着けるようになるわけです。一度使いこなせるようになれば羅針盤を自分の好みに改造する手もあります。例えば本書では飛車に13点を与えていますけれどあなたの好みで15点を与えても問題ありません。それはあなた次第なのです。

 以前にこのような形勢判断指南本はあるかもしれませんが、これほどまとまっている本も珍しいのではないでしょうか。もっとも似た内容の本を谷川浩司は出版しているので、この手法をご存知の方も多いとは思いますけれども。

 本書は谷川浩司が八段時代(つまり名人位就任前)に書かれており、著者来歴には順位戦ではなく昇降戦と書かれていて時代を感じますね。巻頭には実兄の谷川俊昭氏が文章書いているのですが、二人の幼少の頃の思い出が書かれていて興味深い。負けず嫌いの浩司が幼少の頃良く遊んだのはプラレールという電車のおもちゃで、線路をいろいろ工夫して組んでは喜んでいたそうです。毎日違う組み合わせ、平面の組み合わせから立体に組み始めたり、複数の列車をぶつからないようにしたり、電池のヘタリ具合でおもちゃの速度が落ちてくることを計算(!)して走らせたりと、なるほど、将棋の手を組み合わせるような思考訓練がこのときから意志を持って行われていたそうです。ほほー、面白いエピソードだなー、とか。

 定跡書や観戦記とは異なる珍しいスタイルの将棋本であった本書は、当時どのように受け止められたのでしょうね。僕が手にしている本書は38版とあるから、結構売れてますねえ。表紙に「異次元の感覚」とか書かれているのは「光速流」という呼び名がまだ定着していないときの名残なのでしょうか。

 とまあいろんな意味でも、復刊対象となるべき棋書ですね。


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初版公開:2003年10月25日 最終更新:2003年11月1日
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