将棋の課題図書10選


 勝負をする際に有用なのは定跡書の類ですが、この夏は将棋をめぐる物語に浸るのもよいのではないでしょうか。僕は定跡書も好きなんですが、それ以上に将棋界や棋士本人にまつわる話を読むのが好きなんですよね。将棋に魅せられ一般社会に復帰できそうもない人々の生態ってなんだか面白いんですよ。怖い物見たさっていうのでしょうか。日本将棋連盟という伏魔殿に巣くう修羅(言い過ぎ)達の生き様を堪能しましょう。

 万人が楽しめる本としては『聖の青春』『将棋の子』ですね。高橋和の夫兼元将棋世界編集長兼現ノンフィクション作家であるところの大崎善生氏の作品です。大崎氏の温かい眼差しが普段日の当たらない将棋指し達へ惜しみなく注がれていますね。涙が吹き出るほどボロボロ出ますので、ハンカチ、ちり紙を用意してお読みください。漫画化もされていますね。

 歴代名人の人生や考え方を知るために木村義雄14世名人『ある勝負師の生涯―将棋一代』升田幸三実力制第4代名人『歩を金にする法』。前者は木村の入門時代から始まって、大山15世に名人位を奪われるまでのクロニクル。時代背景もこと細かく書かれていて明治昭和の貴重な証言集としても有用じゃないかと思います。ただ、読み物として楽しめるように誇張された部分が結構多いそうですから、話半分ぐらいがよいでしょう。後者は升田哲学をまとめたもの。「名人から香を引くまで帰らない」と豪語し、そしてそれを実現してしまう男の生き様をなぞることができます。口が悪いのはナイーブさの表れでしょうね。弱い自己を隠すための一種の防護服だったのだと思います。強がりでね。そこがまたかわいく、愛嬌があっていいんですよ。周りは大変だったと思いますが。奥様は相当苦労されたことでしょう。

 現代を代表する棋士の実情を知るのなら島朗『純粋なるもの』です。ここでは棋界に君臨する羽生四冠を始め、佐藤棋聖、森内九段などチャイルドブランドと呼ばれた実力者達の幼少の頃から活躍を始める時期までの青春時代が活写されています。

 今年41歳のタイトルホルダー、谷川王位について最近のことなら谷川浩司『復活』です。羽生に七冠を許したときから、現在に到るまでの苦闘の記録。一度頂点にたった人間が再び立ち上がるのは困難を極めますが(前線から消えていった棋士は数知れず、です)羽生から王位をもぎ取り、関西棋界を大いに活気づける谷川王位の凄さを垣間見ることが出来るでしょう。

 勝負に対する技術面での解説を一番的確に行っているのは青野九段の勝負の視点シリーズです。技術面に限らず青野九段の青春時代なども合わせて収録されています。こういうこぼれ話的なものはやはり読んでいて面白いですね。どれも面白いですがここでは、『勝負の視点〈2〉―勝敗を分けるもの』を上げておきます。

 棋士の素顔を覗きたいのなら、別冊宝島『将棋王手飛車読本』が最適でしょう。将棋に素人なインタビュアを使うことで、一般の方の視点で棋士という奇妙な職業の人々の様子を浮き彫りにしています。行方、田村両者のインタビューは見物ですぞ。

 最後に、将棋界の歴史を知りたいのなら将棋界の傍観者、河口俊彦の新対局日誌シリーズ『大山康晴の晩節』を挙げておこう。双方に通底しているのは河口史観と呼ばれる考え方(日本のムラ社会の論理が棋界にはまだ保存されている、というもの)で棋界を一望しているんですね。そういう本は皆無なので、希少価値があるといえましょうか。少々愚痴が多いのが玉に疵ですが。このように、棋士が棋界の様子を描写するものはほとんどないんですね(記者のものなら割とある)。というか河口のものが唯一まとめられ出版されています。棋士が他の棋士の評価を雑誌や書籍で行うということは、実力のレッテルを貼ることになる。ムラ社会ではそのように指摘されると、必ず周りから本気で潰しに掛かられる。出る杭は打たれるわけですね。そんなことされるのは誰しもイヤなので通常はお互いに気を使って、指摘しない(本を書かない)ものなのです。が、河口はそれを免れている。というのも、プロとしてはあまりに弱く、どの棋士も本気に取り合わないからなんですな。年齢制限ギリギリで奨励会を卒業した、まあいわゆるおまけみたいな棋士ですから。そういう立場なので、きゃんきゃん吼えることを許されてる訳。そのお陰で棋界に踏み込んだ情報を将棋ファンは楽しめるのですから、河口俊彦の立場というのは実に絶妙なものだといえましょう。新対局日誌シリーズでは、「村山先生が詰まない、と言っています」という村山伝説が載っている『新・対局日誌〈第1集〉二人の天才棋士』をお勧めします。

 以上10冊ほど将棋に関する読み物を挙げてみました。あと定跡書と読み物の中間を行くミステリィ張りの名作、勝又清和『消えた戦法の謎』もプッシュしておきます。これも読み応え有り。


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初版公開:2003年8月9日 最終更新:2003年8月16日
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