大学生の頃


 大学時代の思い出を少し。

 サークルには入っていたけれど、年中活動するわけでもないところだったので、なんとなく手持ちぶさたな時期があって。一人暮らしで仕送りをしてもらっていたので、バイトして稼がないほど生活に汲々としていたわけではないし、やりたいことも別になく、学内をフラフラしていたら、丁度新入生サークル勧誘週間の頃で、いろんなサークルが客引きをやっていた。冷やかしであちこちに顔を出しながら渡り歩いていると、懐かしい光景に遭遇した。長机に将棋番が三つ置いてあって、それぞれで対局しているのである。そこは将棋部の勧誘場所で、興味ありそうな新入生が盤面を遠まきに眺めている姿があった。盤面を覗くと、二つは将棋部員同士の対局らしくそこそこな形で戦っていた。もう一つは新入生相手に明らかに手を抜きながら、「君強いねえ」とおべんちゃらを言いながら指していた。その頃の僕といえば、高校時代ほとんど将棋は指しておらず、将棋世界の立ち読みと NHK 将棋トーナメントを時折眺めるぐらいのものだったけれど、どう考えても自分の方が格が上だな、と思いながら眺めていた。その内部員同士にで戦っていた対局者の一人が、今から授業があるから、といって抜けたので、一局いいですかと聞いてみた。相手は気軽に了承した。相手の四間飛車にこちらは右四間という戦形で戦いあっさり勝利。驚いた相手のがもう一局というので、戦ったが、次も圧勝。久々に駒を触った充実感と指すことの喜びが新鮮で、すっかり楽しくなってしまった。部員は入部を勧めてくれたけれど、掛け持ちになるので断った。

 味を占めた僕は近くに道場がないかと探した。すると国立大学教養学部のすぐ側にあることを偶然知り、訪ねてみることにした。一階は鰻屋で、どうもその主人が趣味がてらに運営しているようだった。料金も安かったように思う。二十人ぐらいは指せそうな広さの部屋で、壁のあちこちには大山十五世やら、いろんな人の色紙と、将棋連盟支部である証の賞状が掛けられており、全体的にタバコのヤニで部屋全体がくすんでいる。将棋を指しているのは一組で、そこに二人のおじさんが、覗き込んではうなずいたり茶々をいれたりしていた。僕が声を掛けると、「はじめてかい? ああ、そこに金は入れといて」といって、ガラス製の大きな灰皿を指差した。そこには確かに小銭がたくさん入っている。料金をそこへ投げ込み、僕も対局している人の将棋を見に行った。局面は覚えていない。やがて勝負が終わり、僕の実力を見ようか、という話になって、観戦していたおじさんと指すことになった。

 そのおじさんは小太りで、背が低く見た目は筋肉質で、頭に筋肉が詰まっているんじゃないかと言うような風貌だった。おじさんの四間飛車に左美濃で対抗。二連勝してくたくたになっていると、鼻息荒く「もう一局」というので手心を加えて上手に負けてあげた。するとそのおじさん、勝ち誇ったように「あんた、攻めが軽いんだよ。軽すぎるよ」と踏ん反り変えちゃった。ああ、なんて可愛らしいのだ(笑)。別の日に伺うと、今度は絶対に先手でしか指さないおじさんと当たる。嵌め手ばかり狙うのでうんざりしたなあ。また、そういうときに限って嵌ったりするからさらに頭に来るという悪循環。悔しいけれど、そのときは対抗策が浮かばず負けてばかりだった。

 神社にある公民館でアマチュア竜王戦の予選があるというので、出掛けた。場所がわからずエントリーし損ねたのは無念だった。当時、優勝候補はうちの大学の将棋部の奴で前年代表になったらしく、そのとき賞品で貰ったと思しき扇子を対局中、何気に相手の視線に入るように開いたり閉じたりパチンと音を鳴らしていた。観ていて、「俺は強いぞ」風を吹かせようといういやらしい性根と、そうでもしないと自信が持てないのだな、という哀れみを感じたものだ。結局彼は決勝戦まで駒を進めたんだけど、最後はおじさんの四間飛車に急戦を挑んだ結果、四間飛車有利な定跡に嵌り、力を発揮できずに負けてたけど。そんな対局よりもさあ、準決勝だが、準々決勝だが、ハンサムな青年があぐらを組みタバコをふかせて穴熊で戦っていた姿がカッコよくてね、印象に残ってる。周りは風采の冴えないおじさんや、お兄さんの中にいたから、一際目立っていたんだよな。スマートで長身で。彼は優勝したおじさんに負けたんだ。

 で、一番印象に残っているのは取材(?)にきていた高校生らしき青年。メモを取っては「すげー、すげー」っていってるの。いちいち感動しているんだな。準決勝や決勝のときなんて、あんまりうるさいから怒られていたな。でも、全身で感動しているんだなと思うとしみじみ、「よかったねえ」と思うのです。今でも大会に出掛けては、「すげー、すげー」って言っていると嬉しいな。


TOP将棋戯言前の戯言次の戯言
初版公開:2003年5月31日 最終更新:2003年6月7日
Copyright © double crown
double crown(E-mail:doublecrown.under@gmail.com)
http://doublecrown.under.jp/
http://doublecrown.under.jp/shogi/0121.html